伊勢志摩松阪のoh!土産とおみやげ話

赤福その1。

「赤福」。
伊勢の土産の定番中の定番。
餅の上に、こし餡をのせた餅菓子で、形は伊勢神宮の神域を流れる五十鈴川のせせらぎをかたどっている。
餡についた三筋の形は五十鈴川の清流を、下の白い餅は川底の小石を表している。
「赤福」の名前は、まごころ(赤心)をつくす事で、他人の幸福を素直に喜ぶ事が出来る(慶福)という意味の「赤心慶福」から二文字をとって名付けたのが由来である。
その歴史は古く、宝永4年(1707年)に伊勢神宮内宮前、五十鈴川のほとりで販売されたのが始めとされている。

とまぁ、平たく書くとこんな感じでしょうか。
↓旅先でよくある会話。
「どこからいらっしゃったの?」
「伊勢から来ました。」
「ああ、伊勢神宮のあるところですね♪」
「はい。」
「伊勢と言ったら、赤福が名物なのよねぇ♪」

比べていいのかどうかは分からないけど、こんな感じで伊勢神宮と一緒くらい赤福は伊勢の代名詞になってます。
と言っても多分、過言ではないはずです。

「お土産ブログに赤福はやっぱ書かなアカンやろ?」と代表に言われ、「私にはこのテーマは巨大すぎるから困ります。」と一度は拒否したものの、書き手の順番とか事務所内での力関係(雇われの身だし。)とか色々なモノに屈服してしまい、書く事になりました。
きっと「赤福」の事は、ここより丁寧に真面目に書いてるブログがいっぱいあります。
ユルユルした人間が書くと、こんな感じか〜くらいに思って読んでください。
それくらいが丁度いいです。うう。

さて、実は高校の時、短期間(冬休みとかだったと)だけ、赤福の工場でバイトした事があります。
ものっすごい早い時間から始まる(多分5時とか6時とか。)ので、毎日帰る時はクタクタになっておりました。
今でも覚えてるのは、餡が入ったボール型の大きな容器のふちの辺りから熟練した人達の手で、どんどん生まれていく赤福。
それまでは、赤福が出来るところを見た事がなかったので、目からウロコでした。
餡も餅も物凄く重くて、想像以上の重労働。朝も早くて大変なはずです。
なのに作ってる人は自分のリズムを崩さずに、よそ見もせず、ずっと同じ体勢を保って餅に餡を貼付け、箱に入れていくのです。それはそれはもう職人の世界でした。

残念ながら昨年の10月12日、消費期限及び製造日と原材料表示の偽装で、一時赤福は販売を休止した時期があり、テレビのニュースでは、あのバイトでお世話になってた赤福の工場が、何度もモニターに映し出されてました。
それを見る度に、バイトしてた頃を思い出して心が痛みました。
毎日のように放映される赤福のニュースを見て、私の周りの人達も私自身も「何でこうなったんやろ?」とため息と一緒に色んな事を話しました。
でも、話の終わりは必ず
「はよ、赤福食べたいなぁ。いつ食べれるんやろなぁ。」で締めくくられてました。

2008年、お正月には間に合わなかったけど、翌月の2月6日には本店・内宮前支店・五十鈴川店の3店舗で、それからは次々と全国の直営店で営業が再開されました。
営業再開した当初は、驚くほどのたくさんの人が店の前に列をなし、内宮周辺の道路が渋滞するほどでした。(週末は大変だったし。)が、今は以前と同じ落ち着きを取り戻してて、やっと「今日はちょっと赤福でも食べてこうかなぁ♪」と、ふらっと行けるようになりました。
赤福写真
餅の上にこし餡をのせた、シンプルな味と作りの餅菓子。
伊勢の人達はこの餅をきっと、心の底から愛してるのです。

続く〜。

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